新プロお披露目記念その2
今回はゲストスケーター、町田氏の「即興曲90-3」について語りつくします。しつこいです。長文注意。
即興曲90-3 について
まっちーがシューベルトの即興曲90-3をノーカットで滑る。
そう聞いただけで、ピアノ弾きやクラオタなら「ああ、そういうことか~」と納得したのではないかと思う。
だから、まずはこの曲について。
シューベルトの即興曲は、死のにおいがする、とよく言われる。
ドライに説明するなら、第一番が「葬送行進曲」、第三番が「天使の音楽」の体裁なのよね。
第一番には、付点のついたメロディーとか、同じ音の連打とかの、「葬送行進曲」の条件が揃っていて、ここから死や追悼という意味を読み取るのは、一種のお約束であります。
ベートーヴェンのソナタ「月光」第一楽章や、ショパンの前奏曲「雨だれ」中間部なんかもそう。
第三番は、分散和音(アルペジオ)がポイント。楽譜の形が天使の翼に見えるので、アルペジオを天使になぞらえて、天使の音楽=死者を天国に導く音楽=追悼曲・・ってことですね。
この曲が作曲された1827年は、シューベルトが超・超憧れてたベートーヴェンが亡くなった年で、翌年にはシューベルト本人も病気で死んでしまう。
これは、ベートーヴェンへの追悼曲であると同時に、余命を悟ったシューベルトが、死への憧れとか恐怖とかの正直な思いをつづった曲だと私は思ってます。証拠はないんですけどね。実際はどうなんでしょうね。
音楽史的には・・
曲の構成は、ほぼピアノソナタで、まあ古典派ってことになりますかね。
でも、人間賛美な内容が、とってもロマン派的なので、のちのロマン派作曲家の心をわしづかみにしてしまう。
「即興曲」は、それ自体素晴らしいけれど、わりと地味な存在で、のちの作曲家に与えた影響のほうで評価が高いような・・気のせいかな。
彼が憧れたベートーヴェンってのは、ソナタも交響曲もだけど、人間を天上まで高めてから賛美するのね。
自分もそういう偉大な音楽を作りたいとシューベルトは願ったわけだけど、シューベルトは、天までのぼれない、罪深くて弱い人間にもいちいち魅了されちゃうから、突き抜けた壮大な音楽てのが作れないわけですよ。
そういう繊細なシューベルトの美意識、人間賛美を、歌曲ではなくてピアノ曲で表現した集大成が、この「即興曲」であります。
「即興曲」っていう題名は出版社がつけたもので、シューベルトは題名をつけなかったらしい。
他人が勝手につけたとしても、「即興曲」っていう、わかったようでよくわからない題名は良いなと思う。
もし「追悼」とか「葬送」とかいう標題だったら、あからさますぎてヤボなうえに、音楽に含まれる悪魔的な響きが題名にふさわしくないと批判されたかもしれないし。
この便利なあいまいさは、7年後にショパンがそのまま「即興曲」という題名で利用したし、メンデルスゾーンも、歌詞のない歌、っていうコンセプトを拡大して、「無言歌集」を書く。
ほかにも、リストとかシューマンとか、もうもういろんな作曲家に影響を与えた、シューベルトの短かすぎる生涯であります。
演技について。
おいおい、照明暗すぎるぞ・・何も見えないぞ・・。
冒頭のまっちーの姿。空から舞いおりてくる天使を演じてます。・・たぶん。
これ、4月の公演の映像は綺麗でわかりやすかったんですけどね。
天使は美しいもの、無垢なものの象徴でもありますが、それをまっちーは、白い衣装&上半身の動きで表現していると思う。
そしてジャンプやスピン、下半身の動き&濃い緑の衣装は、低音、バス音域で鳴っている「ドロドロ」っていう悪魔的な音を象徴していると思う。
なんというか、このプログラムは、ジャンプを跳べば跳ぶほどむなしいというか、爽快感がまったくないのですよ。
むしろ、観客の拍手がむなしく聞こえてくる。
これは、2012年の高橋大輔氏の「道化師」に通じる感覚だと思う。
あの振付に私は度胆を抜かれた・・。あのアリアは、道化師が若い男に妻を取られて、それでも笑って演技をしなきゃいけない、笑え、道化師、って自分を鼓舞する場面で。
もうあのシーズンの高橋氏の状況を考えると、あまりに自虐的なストーリーだし、そのうえ、「笑え」っていう歌詞のところでジャンプを跳ぶ。「拍手喝采さ」と自嘲的になる歌詞のところで観客が拍手する。
こんなのってあるだろうかと思った。
たぶんまっちーが目指したのはああいう世界なんだろうなと、この「即興曲」の演技を見て思いましたねえ。
良いな~と思ったのはラスト。
低い姿勢で天にむかって手を差し出すんだけど、その視線の先には、たぶん冒頭で降りてきた天使が見えているんじゃないかなと思う。
ひとつの時代が終わっても、また新しい歴史が繰り返されていくという感覚。
独創的な解釈で、余韻のあるラストだと思う。
彼が引退に至った心境、そして今の心境が、ほんとによくわかるプログラムだったな・・・
他の選手については、その3に続きます。