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羽生氏新プロの音楽のことを一人語り

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競技初披露が近づいてひとまずほとぼりが冷めて来たと思われる羽生氏の新プロ「オリジン」について、ぽつんと語ってみる。
もう来週か。時がたつのは早いな・・

ところで今季、私がどんなプロを予想(期待?)していたか、過去記事を遡ってみた。
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5月21日

今回、「Time to say good-bye」を見て、コテコテにクドいイタリア物もアリだなと思いました。

こういう曲は断じて好きじゃないけど(しつこい)、羽生氏なら説得力のあるものを見せてくれそうな気がする。
何であれ、私が望んでいるのは

まさか、まさかその曲なの?まじで?

と唖然とする観客をよそ目にニヤリと笑って滑り出し、でも実際見てみたら「参った!」と納得して、うっかりCD買って・・・・激しく後悔するようなやつ

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たぶん・・・・予想は当たったと思う。(爆)


10年くらい前、宮川アキラの音楽番組の中に「ソドレミアワー」っていうコーナーがあって、
「バーンスタインは言った。ヒット曲を作るなら「ソドレミ」を使え」
みたいなナレーションから始まって、視聴者投稿で「ソドレミ」(短調は「ミラシド」)で始まる曲を紹介していくというものだったんですけど。
まあ、出てくるわ出てくるわ・・
世の中の音楽の半分はソドレミなんじゃないかってくらいたくさんあった。

一言でいえば、ベタな曲はみんな「ソドレミ(ミラシド)」で始まる。


・・そう。「アート・オン・アイス」
またの名を「ニジンスキーに捧ぐ」、またの名を「オリジン」は

「ミラシドー」で始まる。


ベタですよね・・
クサいですよね・・

うちの旦那はナチュラルに「ドクターX」のテーマと勘違いした・・
ちょっと時代劇のテーマみたいなんですよね・・・
なんならストーリー妄想しましょうか。(せんでよろしい)


実は中学生のとき・・
当時・・80年代・・放送されていたすべての時代劇のテーマ曲を聞いて、勧善懲悪もののほとんどが「ミラ」または「ミラシド」で始まっている、というクソ論文を書いた黒歴史があるんですけどね。
当時の自分にマジレスすれば、西部劇にその源流があったんでしょうな。
・・まあ、そんなことはどうでもいい。

とにかく「オリジン」つまり、「アート・オン・アイス」という曲はとことんベタでクサいんですよ。
ドクターXや遠山の金さんと入れ替えてもわからないくらい。
ある種の用途に適した音楽ではあるし、お茶の間的な愛着もあるけども、私個人として、趣味として聞いたり愛したりできるような類のものでは、断じてない。
そして、最初に書いたように・・

私は待ってたんですよ・・こういうプロを・・(爆)

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いつも書いているけど、私が羽生氏のファンなのは、あきれるほど音楽の趣味が合わないからだと思う。
・・今更だけど私ドMかもしんないわ。
羽生ファンのほとんどがそうかもしれないけど!

彼が自分で選んだという曲はことごとく・・・Jポップとか、ボティチェリの「Time to say goodby」とか、もうほんとに、私の半生の中で、ほぼ「ないに等しい」存在だった。
陰陽師だって、映画も音楽チープだと思ってたし(半ばネタとして面白がっていたようなところがある)、久石譲だって、どれを聞いても同じじゃん、という、これまたネタみたいな扱いしかしてなかった。

「花は咲く」のことを悪く言ったら人でなしみたいだけど、あれも最初は本当に苦手だった。
作曲に詳しい人に言わせると、あの曲には作曲技法上の「禁じ手」の和声進行が使われてるらしいから、きっとそういうのが本能的に引っかかっちゃったんだろう。

しかしね。
・・ここからが本題ですよ。

羽生氏が演じると、その音楽への苦手意識がひっくり返るんですよ。

・・いや、音楽の好みは変わらんです。
私は死んで生まれかわっても自分の結婚式で「Time say・・」を使わないと断言できる。
しかしね、羽生氏が演技したことで、この音楽にまとわりついていた、悪趣味さとかひねた感情とか大人の事情とかいったような邪なものが、すっと外れたんですよ。
音楽が本来備えている、真芯のところだけが露わになった。

自分は好きじゃないとしても、この曲が好きだという人の気持ちを真正直に受け入れられるようになった。
この音楽の意味を感じ、共感することができるようになった。

なぜって、選ぶ曲がどんなに無茶くそ趣味悪かろうが、それを選んだ彼の意図が全身全霊大マジメだということに疑いがないからなんですよ。
カッコよく見せようとか良く思われようなんて、微塵も思っちゃいない。

・・いや、けっこう思ってたりするのかな。

まあいずれにせよ、どんなに趣味が悪かろうと、どんなにダサかろうと、クサかろうと、ベタだろうと、彼は恥ずかしがったり卑下したり絶対にしないし、ちょっとカッコつけて力を抜いてみたり、高尚っぽく趣味よく見せようなんて小細工もしない。
持てるかぎりの精神力を音楽に注ぎ込み、全技術、それもその時点でできる最高のクオリティでもってそれを伝えようとする。

たぶん、彼が心の底からその音楽を理解し共有しているからそれができるんだろうな。
彼の演技を見ると、作曲家もきっとそのような意図で作曲したのだろうと思うし、なにより、そのように純粋にこの音楽を聞いている人が、彼の向こう側にはたくさんいるのだろう、と感じる。

私はその世界の広がりに、音楽というものの本来の力を感じて感動する。

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たいてい、音楽家だの芸術家だのいう人は、趣味の良さを見せようとするもので。
私はずっと、そういうものを良いと思ってきた。・・いや、今だって思っているよ。
でも羽生氏のもつ芸術性は、たぶんそういうものとは別の論理でこちら側に突き抜けてくる。
そういうのもアリなんだということを初めて本気で理解したのが彼の演技だった。

たぶん、もともと、私は羽生氏のファンになるように生まれついた人間じゃないんだろうな。
でも4年前に演技を見てしまったことで、人生を狂わされたような、まあ、そこまで大げさじゃないが(笑)、新しい世界に踏み込んで、以来ずっと、変わらずここにいる。
他の羽生ファンから見れば、羽生肯定感が薄くてうさんくさいやつだろうが(まあそれほど読者もいないが)、私は、この年になっても意識というのは変わることがあるのだということを、羽生氏を通してぞんぶんに楽しんでいるし、そうやって別世界を見せてくれた彼にはほんとうに感謝している。

が、感謝すればこそ、私は、私自身がもともと大事にしてきた美意識や、ほかの見方や捉えかたも大事にしたいと思う。
羽生氏が凄いということは前提としても、凄いのは彼一人じゃない。
趣味の良さであったり粋であったりといった、それぞれの美意識の先には、素晴らしい選手やプロスケーターがたくさんいる。

いずれにしても。
彼がこれからも趣味の悪い音楽を使い続けるとしても、音楽に対するあの真摯さと感性を愛するがゆえに、私は羽生氏を見つづけると思う。
引退してもずっと。

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