ああ・・大画面でライブを見たかったな・・(テレ朝め。)
書きたいことはいろいろある。
友野と羽生の衣装かぶりとか、マヨマヨの「ばいーんばいーん」がカットされたこととか、フラワーボーイの背中に「剣」と書いてある謎とか。
プーの大量投入を煽って日ロ交渉で優位に立とうとするプーチンの陰謀(違)のこととか。
でも、とりあえず、「オトナル」のことを書かなくては。
テレ朝の音量を絞って流しつつ、ライストで見た。
そしてもう一度、テレビで見た。
凄かった。
そして、とうとうリミッター外して無敵モードに切り替えてきやがった・・と思った。
もしかすると彼は平昌以前までは、「転ばない努力」というのを、私らが思うほどはしてなかったんじゃないか?
いつも全力ではあったけど、演技を完成させるためというよりは、オリンピックに向けて必要な課題を達成するための全力、だったのでは。
・・今思えば。
でもフィンランド以降は、すべての演技を、一期一会の「本番」と心得ている感じがする。
とくにこの大会では、大会全体を、プログラム全体を、あるいはジャンプ全体を見通して、全体として90パーセントくらいを出せるような緻密なコントロールをしようとしてる感じがする。
言い方を変えると、最初から100パーセントでぶつかって10パーセント失うのでなく、90パーセントを確実に積み上げた時に降臨するものを大事ににしているような気がする。
もちろん今までの彼もそのことはわかっていたはずだけど、「五輪連覇」への思いから、どうしても100パーセントでぶつからずにいられなかったというか、90パーセントでは停滞してしまう、一歩先んじなければという、追い立てられるような気持ちがあったんじゃないかな。
もちろん今までの彼もそのことはわかっていたはずだけど、「五輪連覇」への思いから、どうしても100パーセントでぶつからずにいられなかったというか、90パーセントでは停滞してしまう、一歩先んじなければという、追い立てられるような気持ちがあったんじゃないかな。
何が言いたいって、彼が先のことではなく、この大会に、このプログラムに集中していたということ。
今この氷、この会場で自分ができる最大のことを読み切り、その中でどう見せ、どう演じるかにフォーカスしているな、というのが、演技から感じられた。
すべてのエレメンツが、彼のいうように「振り付けのひとつとして」コントロールされてた。
私はオータムの演技がとても好きだけど、それとはまた別種類の、輝くような美しさがあって、美と強さの絶妙なバランスがあって、一言でいえば、素晴らしかった。
2015年GPFの「バラ1」のようでもあるけれど、あれほど「強さ」をダイレクトには見せずに、力を演技の中に封じ込めて、あくまで艶やかな強さとして見せたところも美しかった。
うまく言えてるかな。
伝わってるかな。
「コントロール」ということを、何か出し惜しみしているように、以前の彼は思っていたような節があった。
それを、彼は二連覇してやっと自分に許したのかな、と。
個々のパーツは若干セーブしながらも、全体としては最大の力と効果を出す。
こだわりすぎず、大会として、プログラムとしての完成を優先して取捨選択をし、メリハリをつけて表現していく。
退却じゃなくて成長としての「抑制」のある演技だった。
何度も言うけど、ほんとうに素晴らしい演技でありました。
でもひとつだけ懸案事項が・・
ここまでの成績を出してしまったら、おそらく次は4Loを入れてくる気満々なのでは・・・
ほんとは4Sでさらに洗練されたプロを見たいけど、彼の気性からいうと・・(苦笑)
3つめのジャンプ、コンビネーションのセカンドの着氷は、あんまり良いとはいえなかったところに力強いイーグルと腕の振りを「バーン」と音ハメしてごまか・・じゃなくて美しくまとめた。
前回はツイズルっぽくクルクル回ってみたんでしたっけ。
最近、この手のスキルが上がりまくりじゃないですか。
(でも羽生史上最高なのは、2015年全日本で見せた転倒からのイーグル。)
ぼんやりと、4Tの高さ幅がよかったから、プラマイでGOE2くらいつくのかな・・
と思ってたら、平均で3以上ついてた!
2をつけたのはアメリカジャッジだけだった!
アメリカ並みに厳しい私をさあ叩いておくれ。
そのアメリカジャッジがコンビネーションに下した輝かしい「2」
・・もちろん最低点としてカットされた・・・
の他は、すべて加点3以上という恐ろしいプロトコルでありました。
ルール改定から半年以内に、このようなことになろうとはね。
さて、演技の内容のことなんですけど・・
またもや、詳細を思い出せないんですよね・・。
彼の素晴らしい演技を見た時におきる忘却現象が発動してしまって。
まだ海外解説版やインタなどなど全然追えてないので、そういうのを見てからもっと書きたいなと思う。
印象に残ったのは、ステップでちょっと笑顔だったことかな。
笑顔だけども、音楽はあくまで悲劇的だから、笑顔の裏にある悲しみとか切なさを感じるし、刹那的なものにも思えるし、逆に思い出のようにも思えるし。
無邪気なようでいて、何か一筋縄じゃいかない歪みをもつところが、このプロの良さというか・・彼の解釈なのだろうと思うことにする・・
たぶん真相は、「やったぜノーミスだぜ」と思ったら笑いが止まらなかったんじゃないかと思うけど・・(爆)
終わったあとの笑顔はすごかったな。
あんなふうに喜ぶのを見られてよかった。
なんだかもう、楽しそうにしているのを見るのだけが喜び、みたいになりつつあるな私・・
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さて、さきほどの公式練習で羽生氏が転倒し、その後練習を引き上げた。
ライストで見ていた。
転倒のあと、一旦オーサーのところに行き、何か話してからイメトレのように考え考え一滑りして引き上げた。
どんな状態かは全くわからないけど、彼のことだからよい判断をするでしょう。
その点については信頼している。